数奇草

四畳半に魅せられた理系学生の備忘録

ちょっとしたメモ

 

 サイエンス社の力学演習は日本語出来ない物理学者()が書いたものだからイライラする。あと、原島の質点の力学、質点系・剛体の力学も主語がなかったり、長文がだらだらと書かれていたりして読むのに疲れる。

昨日ノ現と今日ノ夢

 

 昨日は空腹でふらつきながらなんとか死力を振り絞って買い物に行く途中で少し不思議なことがあった。

 

 小雨がぽつぽつと降り始めた空の下、傘もささずに道路脇で一人佇む老婆。僕は一体何をしているのかと訝しげに通り過ぎようとしたが、老婆はなにやら僕に言いたげな視線をこちらに飛ばしていた。

 若干警戒しつつ僕は老婆に話しかけた。

 はじめのうちは要領を得ない老婆の説明に首をかしげたが、どうやら過去に転んで腰を痛めた経験がトラウマになり、一人で坂の下のコンビニにいくのが怖くなって困っていたそうだった。そして、たまたま通りかかった人の良さそうな僕に一緒にコンビニに行ってくれないかと頼んできた。

 僕はおなかが空いてはいたが、人への親切心を忘れるほどではなかったので快くその頼みを引き受けた。老婆の右手を握り、転ばないように慎重に歩いた。

 老婆は最近夜中に目が冴えて眠れなくなっていたので、安い寝酒を買いたかったらしい。

 僕一人ならコンビニに行って往復するなんて十分もかからなかっただろうが、なにせ牛車のごとき歩みだったので老婆と別れる頃にはおそらく三十分くらい経っていただろう。

 もちろんその間に黙っているのもなんなので僕は老婆とお話をしながら歩いた。とはいっても、大体は片方が自分のことを話す一方的な会話で、僕は終始それに相槌をうっていた。

 彼女の身の上話、親切にしてくれた僕に対する褒め言葉、老婆はたまに同じ事を言うこともあったが、僕は特に目くじらをたてずただひたすら聞き手に回っていた。

 そして、老婆を彼女のアパートの部屋まで送り届けた。娘と二人暮らしらしいのだが、娘は仕事で忙しくて頻繁に家を空けているらしく、老婆は少し寂しそうだった。

 別れ際、もしなにか困ったことがあってどうしようもなくなったら、彼女のポストに名前と電話番号を書いて入れてくれればいつでも相談事にのってあげると言われた。たった一度会っただけの自分を信用するのは難しいだろうけど、こうみえても昔は色々と他人の相談事にのっていたそうだ。

 とりあえず僕はその厚意に感謝し、別れを告げた。その心の内ではおそらく自分は老婆のところを尋ねることはなしないだろうなと思っていた。別に老婆が怪しかったからというわけではなく、ただ単に、徐々に自分の心をコントロールできるようになってきたので他の人に頼らずとも一人で歩いて行けるような気がしていたのだ。

 それともう一つ僕は思ったことがあった。それは僕が昔読んだ「四畳半神話体系」という本の主人公のことについてだった。主人公の「私」は大学三回生のときに不思議な老婆に何度も繰り返す世界で何度も出会っている。そして、私はその老婆に占いをしてもらうという場面があった。

 僕は占いはもらっていないが、どこか怪しげで不思議な雰囲気のある老婆に大学三回生のときに出会うという出来事はなんとなく主人公の私と自分が重なるところが在るような気がした。すこしマイルドな刺激ではあったが小説の出来事のようなことも起きることがあるんだなと少し感動した。

 

 ここで打って変わって僕が今朝見た夢の話なのだが、電車の中で強面のマッチョのお兄さんと筋肉について話すという内容だった。なんか、昨日現実で体験したこととさして変わらないレベルの内容だなと思った。

 寝てかさめてか 夢かうつつか

 現でも夢みたいなこともあるもんなんだなと改めて関心したのであった。

深層心理?

 適当な題材を選んで日記をつけようとすると、僕は必ず最初に「自分の文章力」について書こうとしてしまう。

 そもそもこの日記を思い出したかのようにつけるのにはどれほど自分の文が上達したかを確かめるという理由がある。

 しかし、それにしたって似たような題材で書きすぎだと思う。誰も読まないからと言って同じ事ばかり書くのはナンセンスに違いない。

 

 そこで今日はいつもと違うお話の方向を目指そうと思う。別に僕は普段色々なことを考えているからこんな話もできるんだぞという自慢話をするわけではないことを予め言っておく。というか、結構考えているようで毎日を漫然と過ごしてしまっている節さえある。この場を借りて反省しておこう。

 

 と、前の段落の文章を書いてからだいぶ時間が過ぎた。そして、僕は今書くことがないという事実に打ちひしがれている。今日の一日のことを書き留めようにも「バイトをして勉強をした」で終わってしまう。文章要約という点では実に端的で満点をとれるだろうが、人間の一日にしては寂しすぎる。

 とはいっても、内容自体は充実している。バイトは楽しかったし、勉強もこれからの自分の伸びが楽しみで仕方がない。

 じゃあここで寂しいのは一体何なのだろう。こういうとき、自分が無意識的に使った言葉というのが今自分の心の奥でうごめく感情を表わしていると僕は考える。

 今現在は地元から離れて一人暮らしをしているわけなのだが、それが単純に寂しいのではない。いつまで経っても近くの友人に心を許せない自分の心が寂しいのだ。

 実際、僕は変わり者である。今の僕の狭い交友関係では所謂「親友」というのを見つけるのはきっと至難の業だろう。地元の友達はどこか他人と違っている人ばかりで、やっぱり友達には悪いが、変人の僕と仲良くなるくらいだからみんな少しベクトルが変な方向を向いているの。

 じゃあどうやったら地元から離れたこの地でも親友ができるのか。サークルに入るべきなのか、外に出て人とのふれあいを増やすべきなのか。考えてみたけど、はっきり言って面倒くさい。

 

 この結論にいたること自体が寂しいのだろうか。あ、ちなみに「寂しい」と「淋しい」は違っていて…… と話題がなくなってきて無理矢理もっていこうとしたが無理なようだ。

 

 疲れ切った頭でこれ以上考えるのはムリです。

 

 

やつは変わったんだ……!!

 

 スポ根のよくあるネタとして、孤高のエースがチームメイトを頼るということを憶えたときに監督とかガヤとかが「やつは変わったんだ……! 人を信頼するということを学んだんだ!」みたいなのがありますよね。

 実を言うと、僕もつい最近まで孤高のエースを気取っていました。とは言っても、僕の場合、気取っていたのはスポーツではなく学問の話です。

 言っておきますがもちろんなんの理由もなしに他者との交流を絶っていたわけではないです。これには明確な理由があります。それは僕の独特な思考回路のせいでした。

 昔から僕は、論理を理解するという点だけでいえば人並み以上はこなせていました。しかし、理解はできても納得ができない。どうしても具現化できない違和感のようなものをしょっちゅう抱え込んでいました。それのせいで、親からは頑固な子どもと思われていた時期もあったようで、自分なりの解釈にたどり着かないとてこでも動かず親をよく困らせていました。

 だから、僕は他人に一切質問をしない人間でした。質問するのはいいことと教えられたことがあったのですが、僕は他人からの僕の質問に対するレスポンスに納得したことは一度たりともありませんでした。それに考え抜けば自分でなんとかたどり着くこともできたので(大方の物事の話ですが)、質問するという行為は自分にとってなんらメリットにならないとさえ感じていました。

 

 さて、大学に入って井の中の蛙であった僕は過去の天才の積み重ねにぶつかっていきそれらを発想するどころか理解することの難しさに打ちひしがれました。そんなときに、とある物理のサイトで見つけた文言がありました。

 

「学問に王道はないという話だが、実はある。それはよき師を見つけることだ。学問においては、あなたの学問を疎外することなく、そっと後ろから後押ししてくれ、時には理解の助けにもなるそんな師匠が必要なのだ」

 

 僕はこの文章を読んでなぜか「なるほど」と思わず心のうちで叫んでいました。これもまた論理的には今まで分かっていたのですがそれが潜在化していて、この文章を読むことでそれが顕在化するときを迎えたのでしょう。

 そんな学問の師匠は僕の「今まで」生きてきた場所にはいませんでした。そこにいたのは僕自身を鼓舞するのではなく自惚れさせるだけの人でした。(これは貶しているわけではなく、ただ、僕の独特な思考回路を共有する人物と巡り会えていなかったというだけの話です。人間的には素晴らしい人とは沢山巡り会えました)

 それではこれから先もくすぶっていくだけなのでしょうか。それは違うと僕は思います。今こそ自分がなぜ今の大学に入ったのか、その大学にいることの最大限のメリットを発揮するときがきたのだと思います。

 

 孤高のエースの僕ではなく、新たな境地に至った最強のエースになれる日が来ることを信じて、明日も明後日もその先ずっと、僕は立ち止まることがないでしょう。僕が勇気を出して伸ばした腕をとってくれるような素敵な師匠に会うためにきっと僕はアパートの扉を開いて外の世界へ旅立つことでしょう。

 

 僕が(勝手に)仲の良いと思う人には共通点がある。

 それは少なくともあるところで僕がその人を尊敬しているという点だ。

 安定感があったり、目上の人との距離感が上手だったり、ぶれない心があったり、教養があったり、僕はその人を追いかけたいという憧れを感じているのだ。

 裏を返せば何に関しても尊敬できる点を見受けられない人に対しては僕は一定の距離までは仲良くなるがそれ以上越えてはいけない線を引く。別に素っ気ない態度をとるわけではないし、待遇を変えるというわけではないのだが、どうしても心の奥底では信頼しきれないのだ。

 

 点と線のお話。